ツダユキコさんが遠逝きされました ~サノケイコreport~
プラクティショナーが 、自分の感じていることやお知らせしたい情報などフェルデンクライスに関することを皆様にお届けしています。第104号ー2026年8・9月はサノケイコがお届けします。
************************
2014年4月にフェルデンクライスTokyoを立ち上げた考えに賛同していただき、
ずっと一緒に活動し、学んできた大切な仲間のツダユキコさんが2026年7月に遠逝きされました
今までツダさんのレッスンを受けてくださった方達には、感謝申し上げます。
手先が器用で、いつも自分で作ったアクセサリーを身につけて、探究心があり、歌を歌い、植物が好きで、自分も他人も大切にする心を持っている方でした。
ユキコさんの感性に影響を受け、最後までフェルデンクライスの可能性を見いだし続けていたその佇まいを心に留め置きたい。
まだまだやりたいことがあったのではないかと想像して、自分なりに彼女の後を引き継げるようにと思っています。
ジャスパー・ジョーンズという画家の言葉を紹介したいと思います。
ーーーーーーーーーーー
ジャスパー・ジョーンズというアメリカの画家の興味深い言葉があります
“I think I was trying to see something, to see what seeing consisted of, to play with seeing and saying…”
「私は何かを見ようとしていた。見るということが何から成り立っているのかを見ようとしていた。そして、見ることと、言うこととの間で遊ぼうとしていた……」
これは2007年のインタビューで、初期の《Flag》や《Target》などを振り返って語った言葉です。(chatGTPから検索)
私たちプラクティショナーは生徒たちの動きをよく見ること、観察をします
また生徒たちも自分自身に何が起こるのかを見ます
ジャスパーの言葉のように「見るということが何から成り立っているのかを見よう」とすることを
レッスンの中で動きを行いながら、目で見るという意味と感覚の目で見る、2つの見方で動きをみていきます。
また朝日新聞のコラムで吉田純子さんがジャスパーの「灰色の国旗」の作品について書いている記事から
作家は日常という檻の中で眠っている人々の感性をノックし、能動性を刺激する。好奇心に素直に反応した人たちにだけ、その絵は何かを語りかけてくる
この言葉はフェルデンクライスに入れ替えられるのでは、
フェルデンクライスは日常という檻の中で眠っている人々の感性をノックし、能動性を刺激する。好奇心に素直に反応した人たちにだけ、動きを通して何かを語りかけてくる
サノケイコ
レッスンにご興味がありましたら、是非体験ください








