AI との共存 ~佐藤 英行report~
プラクティショナーが 、自分の感じていることやお知らせしたい情報などフェルデンクライスに関することを皆様にお届けしています。第101号ー2026年4月は佐藤 英行がお届けします。
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最近「AIにフェルデンクライスメソッドを勧められて来ました」と言ってレッスンに訪れる人が増えている。プラクティショナーとしては、実にありがたい話だ。AIがレッスンの広告宣伝を担ってくれているのだから、これほど心強いことはない。
確かにAIは優秀である。「ITオンチ」を自認する私でさえ、その能力の高さにはいつも驚かされている。しかし一方で、AIを過剰に使用することには、何らかの弊害も発生しているようである。
ある研究によると、AIを使って問題を解いている学生は、AIが使えない状況では問題を粘り強く考える力が低下するそうである。また、企業の採用現場では、学生たちの志望動機がどれも似通っているという話も聞く。AIのアドバイスは迅速で正確で的を得ている。だから「AIの言う通りにしていれば、まず間違いはない」と思ってしまうのだろう。
しかし残念ながらAIは我々の脳ではない。AIは我々の身体とつながっていないのだ…。
人間は動物と違って「本能」をあまり持ち合わせていない。環境に適応して生存するためには、いろいろなことを学習して「脳=神経システムの配線」を形成していく必要がある。成人と言われる年齢になってもそれは日々継続される。そうやって「配線」を積み重ねてきた結果が「今の自分」なのだ。
さらに、我々の身体の中には「運動・感情・感覚・思考」の要素がワンセットで存在している。だからこそ、自分の身体で感じ、自分の頭で考え、自らの判断で行動する、と言うプロセスそのものに意味がある。
「馬を水辺に連れて行くことはできても、水を飲ませることはできない」と言う諺があるが、水を飲むかどうかは馬自身の判断だ。その判断までAIに託してしまうのは、あまりにも危険だ。
もはや我々は、AIよりも頭が良くなることはできないのかもしれない。しかし我々は、既に我々の能力を遥かに超えているものを「道具」として使いこなしている。例えば、人間は自動車やオートバイよりも速く移動することができないが、それらを「道具」として使うことで「高速移動の手段」を手に入れてきた。AIも「道具のひとつ」として使いこなすべきものなのだ。
もしかしたら、AIが我々の身体に直接つながる日が来るのかもしれない。そのほうがより合理的で、より安全で、より効率的な世界になるのかもしれない。「私は、満ち足りていて、有能で、教育があり、幸福で、創造的だ。」と誰もが同じように感じられるのかも知れない。しかしそんな世界では、我々は「本当に生きている」と言えるのだろうか??
ふと、映画「マトリックス」の世界が頭をよぎる。AIに接続されて、すべてが最適化された「仮想現実」のような社会の中で、人間はどこまで自由でいられるのか??
AIとともに生きる未来は、すでに始まっている。だからこそ、AIとの関係をどう築くのかは、我々自身が選択しなければならない。少なくとも、自分の身体で感じ、自分の意思で選択し、そして自分の行動を認識する。そのプロセスだけは、手放してはならない。









